| 小説書きの嘆きを訊く「文派の個独」 |
第二回 十光土佐氏 |
| どうも皆さん初めまして。 「文派の個独」二発目の書き手として指名をいただきました十光土佐と申します。「じゅっこうとさ」と読みます。自覚が薄いのですが読みにくい名前のようです。でも長いこと使ってきた愛着のある名前なので変えるつもりは毛頭ありません。死ぬまで使うつもりです。 |
| 小説同人やってます。この「X-rated
search」に登録しているからには当然エロです。既成のキャラを借りたいわゆる二次創作ではなく、オリジナルです。 同人誌に明るくないカタギの衆のために注釈を入れますと、同人界の勢力分布は大雑把に言って エロ>非エロ 二次創作>>>オリジナル 漫画・イラスト誌>>>>>>>小説誌 こんなとこです。(十光土佐の個人的見解です) 小説でオリジナル。 同人界では逆立ちしたって主流にはなり得ないジャンルです。早い話が売れません。手に取ってもらえません。読んでもらえません。いわば小説同人の宿命。 |
| 自分の思い描いたキャラを、シチュを、話を、世界を、読み手と共有し共感したい。 その思いこそが同人屋を衝き動かすエネルギーなのです。 しかるに、即売会に出てもじぇんじぇん売れない読んでもらえない、誰にも相手にされないというのはかなりヘコみます。エネルギーが萎えます。英語で言うとエナジードレイン。なんか違うな。 |
| そこで多くの小説同人屋は絵師さんの力を借ります。それ自体は別段悪くないし卑下することでもない。 知人が以前こんな趣旨のことを言っていました。 「『絵がついてなきゃどうせ俺の小説なんて誰も読んでくれないんだ』とクサってはいかん。むしろ絵師さんに『これは気合を入れた絵をつけなければ!』と思わせてやるつもりで書け! 描いて『もらう』のではない、てめえの文章の力で絵師さんに『描かせる』んだ!」 至言だと思います。 |
| しかしながら。 残念なことに私には力を借りられる絵師さんがいません。いや、実はいないこともないし以前頼ろうと思ったのですが、通常人の受忍限度をはるかに超えた私の超遅筆により多大な迷惑をかけてしまいました。他人と組んで何かを成し遂げるのがあまりに不得手なのです。 「個人サークル」という形態でコピー本のみの活動を細々とやっているのは、こういう事情もあったりします。原稿書く時も本を作る時も即売会出る時も、いつも一人。すべて自己責任・自己完結。咳をしても一人、みたいな。あれ、前回の不二川さんとかぶったぞ? もちろんしんどいことも多々ありますが、これなら人に迷惑かけることもあまりない。(ゼロではありませんが) |
| 私は、同人誌即売会を「勝負の場」ととらえています。 勝負といっても他のサークルと売り上げを競うとかそーゆーんじゃないですよ? だいたいそんな勝負じゃ勝ち目ないし(泣)。 勝負というのは「読み手との勝負」です。 ルールは簡単。机に並べた私の本を手に取らせ、中身に興味を抱かせ、読ませ、財布を開かせたら私の勝ち。そこまでいく前に本を机に置かれて立ち去られたら私の負け。 小説本だと、これはなかなか勝てない。滅多に勝てない。 いや、勝負してもらって(=読んでもらって)負けたのなら納得もいくし「次こそは!」と闘志も湧くのですが、そもそも勝負してもらえない。 「内容には自信があるのに手に取ってもらえないorz」 これは小説同人屋なら誰もが抱える懊悩です。不戦敗ですからね。 前述の「絵師さんの力を借りる」という方法はこの壁を天元突破するのに極めて有効です。 |
| それができない私は考えました。乏しい脳みそをしぼって考えました。 読んでもらうには、まず手に取ってもらわねばならぬ。 手に取ってもらうには、まず目に止まらねばならぬ。 それにはどうすれば……! 三段逆スライド方式(?)でたどり着いた結論は 「本を変なカタチにする」 というものでした。 |
| 自分で言うのもなんですが、涙ぐましい努力をしていると思います。手にしてもらうために。読んでもらうために。 で、読んでもらったその先は「感想が、反響がほしい」という同人屋共通の思いに辿り着きます。 最近ではもうほとんど諦めてますが。 だってエロ同人誌で感想文書けって言われても困っちゃいますよね。そんなの、論理的構造を持った文章として構築するほどのもんじゃない。エロって理屈じゃないから。 そんな、送る側の負荷が極めて高い行為を望んでいるわけじゃない。 ひとこと、たったひとこと「エロい」「ヌキました」だけでもいいから何か反応が欲しいんです。それは俺にとって褒め言葉! 自分で使えない(深読みしてくだちい)本は出さない、が信条ですから! 読み手からの反応それ自体は私の同人活動の目的ではありませんが、継続のためのとても強い強い動機となります。 |
| なぜ書くのか? 誰のために書くのか? 突き詰めれば自分のためです。 書き手として「こういう話が書きたい」という欲求があります。 そして同時に「こういう話が読みたい」という読み手としての欲求もあります。なぜならば? 私が命を賭けてこだわっている「子供同士のえっち」というジャンルは、供給が少ないんですよねえ(嘆息)。需要はあると思うんだけどなあ……。 「読みたいものがなかったら自分で書け!」という同人屋の掟に忠実に従っているわけです。 事実、頭の中にはあと十年は戦えるほどの妄想がぐつぐつ煮立っています。 ただ、それを形にするのは容易ではない。 原稿書くときにアルコール入れるのって私だけですかね? 現実の「行為」として具現化したら速攻タイーホ、みたいなヤバイ妄想を文字化するのに素面じゃやってらんないですよ。酔っ払ってる方が冴えたフレーズが出てくるし、宇宙からのデムパも受信しやすくなる。 キーボードのミスタッチが増えるという副作用がありますが(笑)。 |
| 先日、某動画サイトであの「百合星人ナオコサン」の主題歌に偶然遭遇しまして。 あまりにフリーダム且つこの世の真実に肉薄(笑)した歌詞に感銘と笑撃を受けました。 特にこの一節。 ♪どんなに世間が厳しくたって 頭の中までは検閲できません♪ 頭の中でどんな妄想をマグマのように煮立たせていようとも、第三者に実害もしくは不快をもたらす「行為」として発露しなければ何の問題もない。罪にはならない。思想を罰することはできない。かの悪名高い治安維持法を教訓として日本人は学び取ったハズです。 ハズ、なん、です、が……。 |
| そこのところを(意図的に?)履き違えた、あるいは忘れたフリをしているエライ人が増えているようですね。 ネット世界のフリーダムはまだ守られているようですが、同人誌の世界では締めつけが始まっています。 オレたち「ものかき」にとって、書(描)いたものは作り手の思想の発露そのものです。 思想信条の自由は確か日本国憲法で保障されていると思ったのですが。 取り締まる必要性が認められない限り、最大限に尊重されなければならないハズです。 エライ人たちに言いたい。 現実と虚構の区別がついてないのはどっちよ? |